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2016春・天皇賞~5月1日京都3200m 武豊の絶妙なる逃亡劇

もし春・天皇賞のゴールが、菊花賞と同じ3000mの地点だったら、私が見たかったレースは、推理した通りに決着して、大きな幸福感と絶頂感とある種の想像的な征服感に満たされていただろう。

4コーナーを廻って、逃げる武豊キタサンブラック。馬群から追い上げる吉田隼ゴールドアクター。まくり上げてきたこの日はまだ人気のなかった酒井学トーホウジャッカル。去年の菊花賞馬と有馬記念馬、そして一昨年の菊花賞馬の3頭。それは、今日の天皇賞で私が選び抜いた3頭だった。

ゴールまで残りの200m。そこからは、4番手のインからスッと抜け出して伸びてきた8歳騸馬のカレンミロティックが池添謙一のここ一発を決めようとする手綱に応えて、逃げるキタサンブラックとの叩き合いのサバイバル戦となった。ゴール前、一度は交わして先頭に立ったカレンミロティックだったが、キタサンブラックはインからもう一度差し返す精神力を発揮して、ほぼ並んでゴールイン。

勝者の栄光は、武豊キタサンブラックの頭上に輝いた。ペースを掴んでレースを支配していく騎手武豊の本来的な騎乗が大レースで久々に観られた。武豊には、瞬発力を生かして後方から差す武豊と、デビュー当初からきちんと身につけていた父武邦彦流の鮮やかに先行して粘り切る武豊の二つの顔がある。その一つが、キタサンブラックによって顕著に表れた天皇賞となった。

最初の1000mを61秒8。次の1000mを61秒7。3000mの通過タイムは、3分3秒4。ラスト1F(200m)は11秒9。昨年の菊花賞を上回るペースで逃げて、勝負処からの残り4Fを、全て11秒台のラップタイムで逃げ切ったのである。それもゴール直前でインから差し返しての勝利だった。武豊の絶妙な手綱の芸は、この数字にも明らかだろう。

キタサンブラックは、ブラックタイドの産駒である。ブラックタイドは、小柄な弟馬ディープインパクトとは違い、500KGの大型黒鹿毛の馬だった。皐月賞までは将来を嘱望された競走馬だったが、おそらく皐月賞の頃に脚部不安を発症して、その後は本来の素質を発揮できずに引退した。脚元さえ無事であったならと、惜しまれた素材だったのである。キタサンブラックは、父ブラックタイドの最高の姿さえも、今再現しているのだと思うと、やはり競馬は血のドラマなのである。

17番枠の吉田隼ゴールドアクターにとっては、この大外枠が仇となった。スタートを決めて中団の前めの外にポジションを確保したが、敢えてポジション取りを狙ったこともあってか、スタートからゴールまで、妙に力んでいるようなストレスのかかった走りで、有馬記念や日経賞の再現とはならなかった。これが敗因だろう。捲土重来が望まれる馬である。

15番枠の藤岡佑介サウンズオブアースをこの日は軽視したのは、皐月賞で騎乗停止処分にあったデムーロからの乗り替りということではなく、ネオユニバース産駒が3200mを好走するイメージがどうしても湧かなかったからだった。その読みは的中していた。

-12KGの絞れた馬体で出走してきた酒井学トーホウジャッカル。2年前の菊花賞馬だが、昨年は宝塚記念(4着)札幌記念と2戦して未勝利。今年になって阪神大賞典(7着)から復帰してきた。続けてレースに挑めた今回は絶好の狙い目だったが、最後の1Fで力尽きて、結果は5着。しかし4コーナー辺りでは、グッと追い上げてきて、馬のみならず騎手酒井学の意地までもが伺えた。
このまま連戦で出走できたなら、もうひとつ上の復活もあると確信できる走りだった。

8歳騸馬池添謙一カレンミロティック。8歳の騸馬ということもあって、昨年の3着馬だったが人気の盲点となっていた。だが、この馬の好走は、騎手池添謙一のここ一発勝負の好騎乗以外の何物でもないだろう。池添謙一は、誇り得るオルフェーブル体験を通して、やはり頼れる騎手となって成長している。いろいろとあった経験さえも、今では整理されて糧となっているに違いない。思い起こせば、勝ちに逸って下手糞な騎乗だったトールポピーのオークス勝利と比べると、今では別人のような手腕が発揮されている。それが池添謙一の成長の証なのである。

春・天皇賞。私自身は第四コーナーを廻った一瞬のシーンを観られたことで満足だった。
というのは、同じ日、東京競馬場でのオークストライアル・スィートピーSを、義兄弟となる菊沢隆徳厩舎のジェラシーに騎乗した横山典弘から、このレース唯一の2勝馬石橋修フロムマイハートへの馬連を1点で買っていて、結局はそのプラス分で春・天皇賞に参加したことにもなって、少しの心の余裕があったからだ。
でも、本音を言えば、あの4コーナーを廻った一瞬、「これで決まったか、2連発!!」と、心をときめかせてもいたのだった。

それが私の、この日の「祭り」だったのである。
そうなのだ。何も「祭り」は、北島三郎だけのものではないのだから・・・。私は、4コーナーでは確かに心の底でハミングしていた。
♪まあーつりだ、まあつりだ、春天まあつーりー・・・と。


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