電気ドリルの傷の手当てに病院通い。それでもただでは起きなかったというお話です。
<2012 12月 了>
昨日、病院で怪我の治療を受けた帰り道、ふと思いついて近くのブックオフに寄ってみました。
とりわけ何かが欲しいというのではなく、ついででしたから。
とりあえず趣味の本のコーナーへ。
競馬本の棚には、何と私のものもありました。105円で売られていると、ちょっと哀しい気持ちになります。まあ、お買い得で喜んでくださる人がいるんだと、沈んだ心を奮い立たせます。
すぐ隣に囲碁将棋本が数冊並んでいます。覗いて見ると、平成6年発行の「羽生の頭脳8」(ひねり飛車と相掛かりの巻です)がぽつんと置かれてありました。やはり105円です。
汚れひとつない状態でしたから、よしと思って中身も見ないでカウンターへ。
車に戻ってゆっくりと開いてみると、新品同様のこの本は、何と、
そうです。署名入りのものだったのです。柄にもなく、嬉しくなってしまいました。偶然にも、掘り出し物を手にして、得をしたような、そんな感じで。これは無欲の勝利でしたね。
このとき思いました。果たして価値とは何なのだろうか?って。関心がなければ、105円で叩き売っても損失感は生まれず、関心のある側には、大きなお得感が生まれます。資本主義の大きな盲点に突き当たったような気がしてなりませんでした。
さらに言うなら、熱い欲望の熱気で、関心と関心がぶつかり合うと、資本主義では高額な価値が生じるんです。誰も欲しがらなかったら、全ては二束三文なんですから。オークションなど、その際たるものです。
人間というのは、日々自らの関心の中でしか生きていないのかも知れません。
いずれにせよ、こんなささいで小さな幸運を引き寄せていると、それがある日突然大きな幸運に変化することを、勝負師たちは、体験で知っているんです。運の流れというのは、そういうものだと。
ひょっとしたら、最近病や怪我で不運に見舞われていた私にも、ほんのわずかな流れの変化が訪れ始めたのかも。そう思うと楽しくなるので、そうだと信じておきましょうかねぇ・・・。
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