裏庭の小さな池に、毎年蛙が卵を産みに来る。3月の終わり頃から、遅くても4月中のことだ。
もう何年も春の恒例行事になっているから、この池を故郷にする蛙なのだろう。ただ生まれて無事に巣立った蛙たちだが、翌年少し大きくなって帰って来るのは、何百匹の中でほんの数匹。自然の中で生きながらえるのは、奇跡的なことだと教えられる。
今年のオタマジャクシもこんなに大きくなった。
池の中の岩に積もったヌルヌルした苔や汚泥などをきれいに食べて、掃除もしてくれるので、役に立ってくれてもいる。ただここ2・3年、生む卵の量が何故か多くて、気を許すと酸欠状態に近くなるので困ってもいる。去年などは、この時期、同居していた20cmを超えようかという金魚たちが、酸欠状態に見舞われて死んでしまったほどなのだ。20匹ほどいたのに生き残ったのは3匹。だから今年は、オタマジャクシが孵化した瞬間に別場所に移して、メダカと同居させた。
そう言えば、今年生まれたメダカの子供たちも順調に育っている。
産卵期に雌のメダカは尾びれの付け根あたりに、卵をまとわりつけるようになるが、それはすでに受精卵なので、網ですくって傷つけないように卵を取って別に用意した専用の盥や器の中に移しておくと、数日後には次々に孵化してくる。後は、適量のメダカの餌を指先で磨り潰して与えてやればいい。卵から接していると、それなりに愛着さえ湧いてくるから不思議だ。
4月に生まれたオタマジャクシは、だいたい6月下旬辺りの満月の夜に巣立っていく。これまでの経験からしても、何故か満月の夜なのだ。彼らにとってDNAに刻まれた習性なのかも知れない。
5月の下旬頃になると、だんだんと大きくなってきたオタマジャクシを目ざとく見つけて、池には珍客が現れる。
この珍客に慣れないときは、びっくりして心臓音もドキドキと高まったが、何度も見て慣れてくると、この珍客が決して自ら人間を攻撃してくることはないと知って、それほど驚くことはなくなった。とは言え、池に近づくときは、それなりに慎重にはなるのだが・・・。
今年は、3匹の珍客である。写真は通い続けてもう5年になる珍客。以前に少し突っついたら、池に飛び込んで棒に変身した愛すべき珍客だ。(11年10月のブログを参照してください。この子の凄さが判りますから)色合いが、薄い茶色で特徴的なので、同じ相手だと知ることができる。山には餌が少ないのか、それほど大きくなってはいない。そんな種類なのだろうか?他には、今年生まれたばかりのような20cmほどの大きさの山かかしが2匹。これは首元が紅く特徴的なのですぐに判る。
写真に撮ると、目が反射してグロテスクに見えるが、実物はマムシとは違って、目もきれいで、慣れてくるとそれなりに美しさもあるのだ。蛇の口の大きさよりも、もうオタマジャクシの方がだいぶ大きいので、たぶん餌にしたくてもなかなか大変なんじゃないかと心配してもいる。もうこの子とは、5年ほどの知り合いなので、
「hallo、how are you?」などと、声を掛けてもいるのだが、なかなか遠慮がちで、まだ向こうから答えはない。が、ほぼ毎日顔を合わせているのだから、この子も私が敵じゃないことぐらいは理解しているはずだ。
都会の生活の方が、どちらかと言えば好きなのだが、こんな交流も捨てがたい魅力がある。たぶん、すごく我儘な性格なのだろう。人間というのは、いつのときも度し難いものなのかも知れない・・・。
もう何年も春の恒例行事になっているから、この池を故郷にする蛙なのだろう。ただ生まれて無事に巣立った蛙たちだが、翌年少し大きくなって帰って来るのは、何百匹の中でほんの数匹。自然の中で生きながらえるのは、奇跡的なことだと教えられる。
今年のオタマジャクシもこんなに大きくなった。
池の中の岩に積もったヌルヌルした苔や汚泥などをきれいに食べて、掃除もしてくれるので、役に立ってくれてもいる。ただここ2・3年、生む卵の量が何故か多くて、気を許すと酸欠状態に近くなるので困ってもいる。去年などは、この時期、同居していた20cmを超えようかという金魚たちが、酸欠状態に見舞われて死んでしまったほどなのだ。20匹ほどいたのに生き残ったのは3匹。だから今年は、オタマジャクシが孵化した瞬間に別場所に移して、メダカと同居させた。
そう言えば、今年生まれたメダカの子供たちも順調に育っている。
産卵期に雌のメダカは尾びれの付け根あたりに、卵をまとわりつけるようになるが、それはすでに受精卵なので、網ですくって傷つけないように卵を取って別に用意した専用の盥や器の中に移しておくと、数日後には次々に孵化してくる。後は、適量のメダカの餌を指先で磨り潰して与えてやればいい。卵から接していると、それなりに愛着さえ湧いてくるから不思議だ。
4月に生まれたオタマジャクシは、だいたい6月下旬辺りの満月の夜に巣立っていく。これまでの経験からしても、何故か満月の夜なのだ。彼らにとってDNAに刻まれた習性なのかも知れない。
5月の下旬頃になると、だんだんと大きくなってきたオタマジャクシを目ざとく見つけて、池には珍客が現れる。
この珍客に慣れないときは、びっくりして心臓音もドキドキと高まったが、何度も見て慣れてくると、この珍客が決して自ら人間を攻撃してくることはないと知って、それほど驚くことはなくなった。とは言え、池に近づくときは、それなりに慎重にはなるのだが・・・。
今年は、3匹の珍客である。写真は通い続けてもう5年になる珍客。以前に少し突っついたら、池に飛び込んで棒に変身した愛すべき珍客だ。(11年10月のブログを参照してください。この子の凄さが判りますから)色合いが、薄い茶色で特徴的なので、同じ相手だと知ることができる。山には餌が少ないのか、それほど大きくなってはいない。そんな種類なのだろうか?他には、今年生まれたばかりのような20cmほどの大きさの山かかしが2匹。これは首元が紅く特徴的なのですぐに判る。
写真に撮ると、目が反射してグロテスクに見えるが、実物はマムシとは違って、目もきれいで、慣れてくるとそれなりに美しさもあるのだ。蛇の口の大きさよりも、もうオタマジャクシの方がだいぶ大きいので、たぶん餌にしたくてもなかなか大変なんじゃないかと心配してもいる。もうこの子とは、5年ほどの知り合いなので、
「hallo、how are you?」などと、声を掛けてもいるのだが、なかなか遠慮がちで、まだ向こうから答えはない。が、ほぼ毎日顔を合わせているのだから、この子も私が敵じゃないことぐらいは理解しているはずだ。
都会の生活の方が、どちらかと言えば好きなのだが、こんな交流も捨てがたい魅力がある。たぶん、すごく我儘な性格なのだろう。人間というのは、いつのときも度し難いものなのかも知れない・・・。
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