スキップしてメイン コンテンツに移動

榧盤の香り




しばらく前に榧の将棋盤が届いた。桐の蓋を開けると、プーンと榧特有の香木の香りが部屋の中を駆け巡るように漂ってくるから、一般論として日本産の榧盤であるのは間違いないだろう。そこから先のよもやまについては、残念ながら専門家ではないから判然とはしないのだが・・・。

5寸にほんの少し足らない柾目で、脚にはオオイレが施されている。 まあ、私の手元にあるなら、十分以上の盤だろう。












ほんの少しの不満を、敢えてあげつらうなら、縦横のサイズに少しばかりの余裕が足らないことだ。                                                                                                    
                                                                          
が、それとても今後使い込んで直しをすることもないだろうから、私にはあまり重大な瑕疵とはならない。

じっくりと見回しても、盤にはほぼ傷もないから、あまり使われずに飾られていただけのような気がする。こんな出会いは、偶然の賜物である。

以前から決意しているように、いつかは「前沢」の盤(囲碁でも将棋でもどちらでも構わない)と出会いたいから、それまでのつなぎの気持ちなのだが、それにしては満足度の高いものだったから、何となく幸福感を覚えている。ルンルン・・・。


でもなあ・・・。これで、普段使用の中国産3寸卓上盤に、うねるような木地模様からおそらく九州産だろう天柾の5寸盤と木裏盤、それに5寸の木裏の囲碁盤と、そして今回の将棋盤。いつの間にかどんどんと部屋が狭くなってきているのは、どういう訳だろう?

将棋盤が増えたのは、ここ5年ほどの間のことだが・・・。たぶん度し難い性格の反映なのだろうと、少しばかり反省もしているが、中国産以外の盤の桐蓋を開くと、今は4重奏で榧特有の香りが漂ってくるから、止まらない、止められないのだ・・・。

ハイ、私はアホなのでしょうねぇ・・・本当に。だって、背中を病んでからは、脚付盤の前で長くは座っていられる身体じゃないんですから・・・。ああ、それなのに、それなのに・・・。アホそのものと言えますね、ハイ・・・。



      






コメント

このブログの人気の投稿

凄いぞ 凄い!! イボタ蝋!!

イボタ蝋のワックス効果に驚いたのは、5年前の秋だった。 日本の職人ツールは、やはり想像以上に凄かった。 いろいろと使ったのだが、まだ2/3が残っている。 これはそんなお話である。                <2011 10月了> 山から下りて町に出た。 用を足して、少し時間があったので知り合いのリサイクルショップを冷やかしに行った。 店内をグルリと見て回った。とりわけ欲しいものがあったわけではないが、まあお客の振りをしてみたんです。 と、なんと写真の「イボタ」蝋が、奥まった棚に載せられていた。 この「イボタ」は、プロの職人が古くから家具などの磨き艶出しに使っているもので、水蝋樹(イボタの木)につくイボタロウ虫の雄の幼虫が分泌した蝋を、加熱溶解して冷水中で凝固させたものだ。硬く緻密で、万能の効果があると言われている。 効用は、木工の艶出し以外にも、蝋燭、薬の丸薬の外装や、絹織物の光沢付けにも使われる。今では、結構高価なのだ。 急に欲しくなって、知人の店主に訊いた。 「このイボタ、いくら?」 「一つ持てば、一生物だから、まあ3000円かな。でも売ろうと思ってたわけじゃないんで・・」 「OK。そこを何とか2000円」 「うーん・・まあいいか」 「ハイ、2000円」 私は、即座に買ってしまった。 家に帰って、すぐに手持ちの屋久杉の盆に使ってみた。 結果は? いやすばらしかった。凄いと言っても大袈裟ではなかった。 いつもは、まるで宇宙のような屋久杉木地の杢模様を確かめて愉しんでいる皿盆で、それなりに光沢はあったのだが、それがさらに艶と輝きを増したのだ。アンビリーバブル・・・ やはり日本の職人のツールはすばらしい。これを使えば、多分1000年前の仏像でも、鮮やかに変貌を遂げるだろう。もう手放せないな、きっと。

心臓カテーテルアブレーション手術

昨年の秋の終わり。健康診断を受けた家族にはっきりとした不整脈の症状が現れ、嵐山にある循環器専門の基幹病院に回されて、専門的なチェックを受けたのだが、やはり先天的な異常が見つかって、通院を重ね、ようやく先月2月下旬に心臓カテーテルアブレーション手術を受けた。最悪ペースメーカーと言われていたので、まだ若い年齢を考えると、それなりに心配をしていた。 幸運だったのは、担当してくれたDr.Fが、いかにも怜悧で堂々とした医師で、このジャンルでは腕があると評判の高い、若く旬なDrだったことである。実際その通りだった。偉ぶることもなく患者に接し、丁寧な論理的説明で、この人にお任せしたいと自然にそう思ってしまうような風情が漂っていて、その上秀でた手腕のある専門医だった。確か徳島大学医学部の出身だと聞いた。お金で開かせた裏口からついでに加点という下駄をはかせてもらって医者になったような輩では決してなかったのは幸いである。 3時間のカテーテルアブレーション手術。今回は、先天的に左心房に狂った電気信号が流れてしまう回路が2か所あって、それを探し当てて焼き切る処置を施して、心臓の鼓動を正常の電気信号だけで動くようにするということらしい。通常は1か所が原因となるらしいが、2か所の異常個所が見つかった。 退院して数日後、どんな容態だと聞くと、呼吸が楽になり、身体に芯が入ったような気がするという答えがあったので、手術は大成功と感じているようだ。 まだしばらく(と言っても数年後らしいが)再発する可能性もあるようだが、そのときはまたこの手術をお願いするしかない。でもここで完治する場合もあるようで、どっちに転ぶかは神のみぞ知るということだろう。幸運を引き寄せるのを祈るばかりだ・・・。

チャンピオンは眠らない

  過去に綴った本であっても、それを手にする度に、あの頃の自分に戻ることができる。それは何と幸せなことだろうと、そう思える今日この頃。 想い出が詰まった作品は、時間をも超えられるのだろう。 相当に時間が経ってはいるが、それでも中身は色褪せてはいない。 2冊の拙著を、改めてご紹介する。 「チャンピオンは眠らない」(97年) この本は、私にとって2度目の節目となった単行本である。 「勝者の法則」を経て、ずっと騎手という存在を追い続けて取材をしていたが、この本が刊行されることでひとつの区切りとなった。 第1章は、騎手田原成貴とマヤノトップガンによる97年春天皇賞の物語。当時の最強馬横山典弘サクラローレル、武豊マーベラスサンデーとの威信を賭けた死闘の裏側を徹底的に検証して探った。(これは2回に分けてJRAの優駿に掲載された) こんなノンフィクションは、おそらくそれまでの競馬には無かったと今でも胸を張れる作品である。 あの頃、ダービー2勝ジョッキー小島太が、調整ルームなどで若手騎手らに語ってくれていたという。 「お前らなあ、鶴木に取材されて、初めて一流ジョッキーなんだぞ!」と。 これは騎手による最大の褒め言葉だったろう。人知れずの努力が報われた気がした記憶がある。 その後、調教師になった田原成貴は、皆さんご存知のようにドラッグの海に溺れて、自身の成し遂げた数々の栄光の足跡を汚してしまったが、少なくとも現役ジョッキー時代は、現代の類稀なる勝負師であったことは間違いない。その評価は今でも変わってはいない。 乗り代わりや、障害騎手の現実、おもろい奴らなど、騎手を取り巻くすべてをこの中の作品で語りきったと思う。 言わば集大成の騎手物語である。 確か終章は、小島太の引退をテーマに、グッバイ太。彼と青春の時間を共にした体験を持つ塩崎利雄が、馬券に関わる2億の借財に追われていた体験まで語ってくれたことは、実に印象的だった。 今でも一読の価値は、充分にあります。古本なら、もう500円以下でしょう。お買い得ですよ。 「チャンピオンは眠らない」を通過して、私は、ついに調教師の世界を描くことを始めた。それが、10年もの間刺激的に続いた「調教師伊藤雄二の確かな目」である。 伊藤雄二調教師とのことは、また次の機会にじっくりと。