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友人・知人・同志・仲良し・・・人と人の結びつき

(2014 5月 了)
そう言えば、2年前にこんなことも考えていた。



友人・知人など、人と人を結びつける言葉がある。

何かの機会に一度知り合えば、すぐに友人としてしまう場合もあるが、友人と知人の間にある境目には、それを隔てる大きな河があると、そう思って生きている。

では、隔てるものは何かと考えると、それは相手のことを考えて接する思いやりの心なのではないだろうか。

そんな相手を思いやる心があれば、例え一瞬は憎まれてしまうことがあろうとも、相手のためを思って言うべきこと伝えるべきことは、きちんと伝える態度が生まれる。(勿論、それを発するパラダイム(基軸)がグラグラではどうしようもないのだが・・)言うに値する存在こそが、私は友人であると考えるのだ。遠慮なく言えるということは、逆の意味では、遠慮なく私の足りないことを言ってもらえることにもなる。だから誰でも友人という訳にはならない。その意味では、友人は少ないし、親友など人生に2・3人もいれば実に幸福なことになる。

例え立場が違っても、求める理念が同じなら、それは友人を超えた同志となるのかも知れない。

知人なら、敢えて憎まれ口を叩くこともないし、恙なく上手くやって、微妙なことは何も言わないでおけば、長い時間知人でいられる。会えば話の間にそれなりの情報は吸収できるかも知れないが、それ以上に関係が発展することはないだろう。人と人がぶつかり合うことを避けた関係だからだ。ぶつかり合う摩擦熱を避けて、分別ある大人の関係を続ける間柄が知人ということなのだろう。知人が友人に昇格するには、たぶん相性が大事となる筈だ。

知人にもならない関係もある。それは、何も言わないのではなく、何も言えない関係だ。人は、ある種の虚勢や都合のために、知っておきたい相手もある。この場合は、だいたいが相手が自分よりメジャーな存在で、自分自身がその相手を知っていることを他者に話すだけで有効な手段となる場合が多い。言わば媚びた関係で、相手にとっては手駒と思われているのだが、それを承知で関係の持続を求めがちだ。まあ、多少の便宜などは図ってもらえるだろうが・・。

こんな風に考えていくと、私の場合は、知人に比べて圧倒的に友人が少ないことの理由が判ってくる。私の単なる知り合いから、いい加減に友人・友だちと言われることも避けたいし、覚悟をもって接する相手(=友人)が多過ぎれば、細やかな配慮や思いやりが薄まってもしまうだろうからだ。

結局は、机の前での孤独な作業の中で、私自身がいびつに歪んだことでこんな風に分別するようになったに違いない。虚業の孤独感があればこそ、信頼に足る友人を求めているのかも知れない。

実業に生きるなら、何も言わない、何も言えない相手を如何に増やして、自らの有効手段にしていくかを問われるだろうし、またそうあらねば社会的存在として認知もされないだろう。でも、今の私には、そんな器用さは拷問的なストレスになりかねない。今更、こんな人間性が変わることもないが、まあ、こんな風に構えて敢えて理屈っぽく苦労を背負うこともないけれど、性格だから止められない・・・。


でもねぇ、気楽になるためには、自分の中の混沌を少しづつでも整理整頓しておかねばなりませんから、こんな孤独感はまだ当分続くでしょうねぇ。荊の道はきついですけど、一つ許して甘えれば、後はズルズルと後退していく自分自身のいい加減さだけは理解していますから、止むを得ませんです、ハイ・・・。

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