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2017 NHKマイルC~東京芝1600m 横山典弘・49歳の凄腕


月曜の午後から、急に体調を崩し、一晩我慢していたがどうにもならず、昨日は月に一度は必ず通っている主治医のもとに駆けつける状態になってしまった。病名は記さないが、かつて手術を受けた個所のひとつに(生まれてからこれまで私は6回身体にメスを入れている)、明らかに再発の症状が出てしまったのである。

適切な投薬を施し、おそらく1週間ほど様子を見ればいまの症状は治まってくるだろうとの診察だったが、ちょっと我慢しなければならない痛みがあるので、精神的にはきつい。「安静にして、疲れやストレスを避けましょうね」と言われたが、そういうことなら、はっきりとした原因には心あたりがないわけではない。

日曜の夕方から、私は大きな失意と落胆に見舞われていたからだ。網の中に仕留めた黄金の魚を、引き上げる寸前に自分で網を裏返しにして逃がしてしまった漁師の心境、初めてのキスに燃え上がる気持ちで顔を近づけ合ったそのときハックション!とクシャミをしてしまった惨めなほどのいたたまれなさ・・・。こんなとき絶望的な疲労感やストレスを感じ取らなかったら人間ではないだろう・・・。

NHKマイルCを迎えた先週末。いつものように録画しておいたGCの「今週の調教」を確かめて、自分なりのチェックを終えると、私は重要なヒントを掴んだ喜びにほくそ笑んでいた。

リエロテソーロの最終追い切りを見て、心が騒いだのである。
古馬オープン馬ラルーズリッキーと併せた追い切りで、騎乗者吉田隼人はゴール板を過ぎても手綱を緩めずそこから1Fほどびっしりと追い切ったのだった。この調教手法は、馬の状態把握を具体的にできる騎乗者の判断に任せきった勝負がかりの追い切りと言える。古い話だが、かつてミホノブルボンの3冠を阻止したライスシャワーに乗った的場均(現調教師)が、ここぞというときに見せた追い切りの必殺技だったのを憶えている。それを今回、吉田隼人がやってのけたのである。勝負に対する意欲と意志が漲っていた。
リエノテソーロは、昨夏洋芝の札幌競馬場で2連勝。その後地方の門別、川崎でダート戦を2連勝して3か月休養。復帰戦の3月アネモネSで0秒2差の4着でNHKマイルCに挑もうとしていた。まだ本当の実力を大きな芝のレースでは現していない状態で、デビューから4連勝した馬なのに、言わば盲点となって人気も期待も上がってはいなかった。
その馬が見せた勝負がかりの最終追い切りだったのである。

2度見直した最終追い切り画面から、私が選んだ相手馬は、これまでのトライアルのプロセスや桜花賞皐月賞で、私が関心を寄せた馬たちの状態から、ルメール・モンドキャノン、田辺アウトライアーズ、デムーロ・カラクレナイ、横山典アエロリットを選んだ。どの馬も、最終追い切りでも私には好気配に映った。

競馬に参加するとき、私は、最終追い切りの状態(これはタイムではなく、騎乗者に促されて走っているのではなく、自ら自然と走る気を見せている気配を確かめる)、次にレースの流れや展開を推理し、その次には騎手自身の勝負への意志を読み、同時にこれまでどんな相手と闘いどんな結果を残してきたかという格を考える。

私にとって競馬の推理の根幹は、追い切り、展開、意志、格なのだ。3連単によほどのことがない限り手を出さないのは、3着には勝負を捨てて漁夫の利で突っ込んでくる馬がいる場合が多いからで、Win5は難易度が高過ぎるし、結局勝負に挑んだ1着2着馬の価値を重視すると、馬連やあるいは枠連が私には合っているのだ。

このNHKマイルCで、唯一不安だったのは展開だった。先行して活路を開いた皐月賞男松山弘平がボンセルヴィーソで前を行くに違いないとは思ったが、あとはどの馬がどこにいるかという全体のイメージは、正直掴めなかったのである。「それは騎手がきちんと考えて騎乗するだろう」と騎手の手腕に任せるしかない状況こそが、大混戦とされた最大の要素だったろう。言い換えれば、明確にレースを支配するだけの軸馬という存在が不在していたことにもなる。

パドックに現われた馬たちを眺め終えたとき、私は自分が選んだ数頭の馬たちの気配がいいのは理解した。馬場入場から返し馬。その時点でもまだ結論は変えなかった。

締め切り時間まであと数分。リエノテソーロから均等に4点流しでいいかと思ったその瞬間、私に欲という悪魔が忍び寄って来たのである。

最終最後に、私は1週間前の春・天皇賞のスタートを想い起してしまった。想い出さなくてもいいのに、敢えて想い出してしまったのだ。初コンビとなった横山典弘のゴールドアクターのスタートの瞬間をである。痛恨の出遅れ。結果的にレースには絡めずに終わってしまったあの瞬間を。

8枠16番のアエロリット。大外枠からターフに出て、今までのように好位を確保してゴール前にもうひとつ伸びるのは牝馬にはシンドイだろうなぁ・・・。桜花賞もスタートでは出して行かなかったし・・・。選んだ馬たちの中で、最も不利なのは8枠のアエロリットではないだろうか?・・・。ならばリエノテソーロから内の馬たちを厚めに買う方が収穫も大きいのではないのか・・・。

締め切りまでのほんの短い時間の間に、私は欲に走ってしまったのである。桜花賞でも応援していたアエロリットを切り捨てる形で・・・。

ファンファーレが響いて、最初にターフに飛び出したのは横山典弘アエロリットだった。
好スタートから馬場の良い外目を好位の後ろに下げて追走して、直線を迎えるともはや先頭に立とうとする勢いだった。

そこにやはり好位の後ろの馬群から吉田隼人リエノテソーロが伸びてきた。勝負気配の最終追い切りだけではなく、専門紙に載った武井調教師のコメントでは、金曜日に東京競馬場のダートコースで1周半の調教、土曜日にはパドックなどを事前のスクーリングしたようだ。厩舎挙げての万全の勝負気配だったのである。

しかし、そのリエノテソーロを、アエロリットはゴールまで寄せつけなかった。
横山典弘がレースで育て、2歳下の義弟となる元騎手だった菊沢隆徳調教師が自ら調教に乗って育てたアエロリット。競馬一家横山ファミリーの申し子のような存在の馬である。

勝ちタイム1分32秒3。大混戦と言われたが、結果は上り3Fこそ33秒台が計時されなかったが、11秒台のラップが続いた緩みのない流れの故であり、ハイレヴェルの闘いであったことは間違いない。こんなサバイバルゲームのような展開では、中団より後ろに控えた馬たちには出番は巡って来なかった。

アッ・・・何と、また・・・グァーン・・・ズシーン・・・・。初心を忘れてフォーカスを絞り、その結果、欲張り過ぎて最大最高のチャンスを逃してしまった私の心の中の騒然とした叫びである。

やはり信じ切ったものは救われるのだ。しかし途中で猥雑な疑いを抱いてしまった者は、無限奈落に堕ちていくことになる。桜花賞、春・天皇賞も横山典弘を応援していたのに、3度目の正直の格好のチャンスに疑いの気持ちをを沸き起こしてしまった。あげくの果て、病院通いの身になってしまったのである。

1着と2着馬との配当の高さを知れば知るほど、悔しいまでの悔恨が募るが、全ては自業自得、感性の扉をもうひとつ開けなかった自分自身の愚かしさに嫌悪感まで湧いてくる。ああ・・・。

でもやっと今朝は、主治医から処方された薬が効いてきたこともあり、おおらかな心持も戻ってきた。
「先週末の結末からすれば、これで全ての悪運は尽きたのだ。底さえ打てば、これからはもう上昇の良運しかないじゃないか」
などとポジティブシンキングをしている。度し難い奴というのが、そうだ、私の本性なのかも知れない。

だって、これから、ヴィクトリアマイル、オークス、ダービー、安田記念と眼の前には大きなチャンスが続くのだから。そこに、山があったら登る。海があったら潜る。据え膳を食わぬは恥じ。と、粋で依怙地で意地っ張りな庶民の心意気で、生きてる限り前に進むしかないだろう。
それでいい。



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