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ハロー雪景色②~閉じ込められて4日目

雪に閉じ込められると、心配事は多い。食料は足りるか?灯油の残量は大丈夫か?(個人的には、ウィスキーとタバコが特に心配だが、こんなときにはそれを言葉にすると家族のもめごとになりかねない・・・)ようやく状況が落ち着いたのは1週間後だった。



雪が降る あなたは来ない
雪が降る 重い心に・・・

という唄がその昔にあったが・・・。

14日から降り始めた雪は、やはり大変な事態を引き起こしているらしい。それもそうだ。一夜で1m以上の降雪量なんて、関東地方では未知未踏の天候異変だったのだから。

木曜の午後から、私も家から一歩も出られないので、正確に何が起こっているのかは定かではないが、聞くところによれば、近隣で雪崩が起きて国道が通行止めになったり、除雪は少しも間に合っていなかったり、学校は臨時休校となったり、飯能からの西武線も、熊谷に向かう秩父鉄道も、周辺を繋ぐバス路線も全てが運航停止となっている。

物資輸送も途切れ、コンビニにも物資は届かず、駐車場の除雪ができないいくつかの大型スーパーは閉店状態らしい。
秩父市長は、県を通して自衛隊の災害救助派遣を要請したとか・・・。

一夜1mの雪が、町の機能を失わせてしまった。

すでに4日が経ち、家から一歩も出られぬ私も、あればつい消費量が増え過ぎると買い置きしてはいないタバコとウィスキーが昨夜で切れ、つれ合いの話では、このまま家から出られなければ、灯油の残量も心配だという。

いつもなら雪が止んで、翌日の午後までには入る除雪が、今回は何も動かないのだ。国道に重機をとられて動けないのかも知れない。町役場に今朝から近隣の何人もが連絡したが、担当者は善意なのか「今日行く予定となってます」と答える。でも期待だけを持たせて、結局は来られないのだ。田舎役人の罪作りな応答対応なのだが、善意の本人たちは、その非に少しも気がついてはいない。行くと言って行けなかったことより、ともかく行くと言った思いが「善意」と錯覚している。期待するのがアホくさい。

何とか1m以上積もった門辺りの雪を掻いたが、道の除雪が入らなければ、それ以上はどうしようもないのである。この辺りには、除雪が入らず一歩も家から出られない孤立所帯が、私の思いつくだけで20やそこらあるのではないか。

世の中、「這ってでも」なんて言葉があるが、踏み固められていない新雪1mの雪の上を歩いて進もうと思っても、ズボッズボッと雪に嵌まって、そんなことはできゃしないものだ。それこそ「這ってでも」というスタイルで前に進む必要がある。一番近いコンビニまででも数Kmあるから、やはり除雪が入らなければ無理なのだ。
ああ、せめてタバコを一服できれば、苛つく心も落ち着くというものだが・・・。

先週から今週、雪騒ぎで、きさらぎ賞も京都記念も東京新聞杯も冷静俯瞰して見てはいない。実際競馬どころではないのだ。何となくつまらないのか、それとも何となくホッとしている気分なのか、それすらはっきりとしない気忙しさの、雪騒動が続いている・・・。


         
 (ここに身一つ分の道をつけたら、両側は雪の壁になった)

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