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2017 JC~東京・芝2400m H.ボウマン「教科書通りの正攻法競馬」



いつもの通り東京競馬場に着いたのは11時頃。
人波にもまれながらスタンドを横切り、東来賓受付から8階ダービールームに向かう。

と、いつものメンバーが揃っていた。微笑やかに挨拶を交わして着席。思うところがあってこの1週間タバコを止めていたが、タバコの買えない競馬場で頭の中がイライラするのを避けようと、駅で1週間振りに一箱買ってしまい、いざ出陣と心の準備は整えたが、買った後には、己の意志の弱さを悔やんでもいた。せっかく1週間も我慢していたのにと。でも止めるときに止められる自信を得たのだからと、都合良く自己納得してもいた。私の本質は、意志の弱い人間なのかも知れないが、あまりに禁煙にムキになるのも不自由だと感じるおおらかさを持っているのだ。

ワイワイ言いながら、山暮らしの日常とは違う賑やかな部屋の雰囲気に、今日は軍資金が多少少なかったこともあって心から馴染めず、そんな心境からだったろうが、ついペースを乱して5Rから競馬に参加してしまった。これも柄にもなくタバコを止めていた影響だろうか?

所沢までのレッドアローの中で、実は今日の9Rと10Rは新聞を広げて眼を通していた。閃いてもいた。
共に馬連3点のボックス予想で、9Rは、ルメール、ムーア、デムーロの外国人騎手の揃い踏み、10Rはボウマン、戸崎、ムーアを調教欄から選び出していた。
だからきちんと選んだレースだけに手を出したなら、いつものマイペースだったのだが、肝心のJCでは、ボウマンが乗って馬が走る気を示していたシュヴァルグランや、ルメールが調教で馬の気配を引き出していたレイデオロも、いつものように黒岩悠が馬を仕上げたキタサンブラックを外してみようと思っていたので、どうも平常心を失っていたのかも知れない。

シュヴァルグランやキタサンブラックを今日は応援しないと決めたのは、どうもオーナーサイドの濃い目の顔が馬よりも先に浮かんできて、あまり幸運を独占するなよなという庶民の意固地だったろうし、レイデオロはダービー馬だがまだ古馬の一線級とは闘っていなかったので、それならここ2戦古馬にもまれる体験を重ねた負担重量53Kgのソウルスターリングに期待してみるかと思ったのだった。

で、時間つなぎを兼ねて、つい5Rから手を出してしまったのだ。
しかし競馬場当日のテーブルで直感するだけの推理では、結果は惨敗。デムーロを狙えば2度も彼が消え、穴狙いの横山武史を狙い撃つと7着8着、世界のムーアにすがると4着。8Rまで4連敗。それでなくても今日は多少軍資金の心配があったのに、全てが裏目にでた。

結果、レッドアローの車内できちんと眼を通した9Rは、リズムを変えようと見した次第。ケンとは購入しないでレースを見守ることだ。
見守ると、それが予想通りになるのも裏目のときの常法である。デムーロ、ムーア、ルメールの揃い踏みで、馬連は14倍ほどだった。

こんな流れに顔は蒼ざめ始めたが、エエイ、ヤーッと清水の舞台から飛び降りるように覚悟を決めて、今朝の予想通りに10Rをパドックも見ないで馬連3点と3連複1点買いをした。もはや捨て身の攻撃態勢である。

勝負の神様は、こんな私を見放さなかった。戸崎、ボウマン、ムーアの順にゴールインして、何と馬連が90倍、3連複は約40倍となったのである。大観衆が集う大レースの日は、人気が一方的に偏って思わぬ高配当となることがある。

いやはやと表情に血の気を戻した私は、だから判らぬレースに手を出さずにおとなしくしていて、狙えるレースだけに参加すればいいのだと、改めて自省して、JCを迎えることになった。

パドックをしっかりと見て、プラス分を(今宵の酒席分だけ残して)JCにつぎ込もうと決めた。おー、忍耐の果ての幸せなJC・・と、さっきまでの不安な気持ちはもはや吹っ飛んでいた。だから「捨て身」は意味があるのだ。

JCのパドック。シュヴァルグランもレイデオロも落ち着いて歩いていた。キタサンブラックは、私の眼には大雨の天皇賞のときの方が気配は良かったと思えてならなかった。あの日も、できることなら外そうと考えていたが、気配の良さに外せなかったのだ。そのときよりも少ししぼんで見えた。
私がこれまでの好みで選んでいたのは、多少気負いを見せていたソウルスターリングにサトノクラウンとわずか2勝で総賞金4億7千万を稼ぎ出したサウンズオブアースだった。外見的には不調な様子は見受けられなかったが、ゴール前に最後に力まで振り絞った秋・天皇賞の疲労はサトノクラウンには残っていたのだろう。サウンズオブアースは生涯のピーク期をもう過ぎてしまっているのかも知れない。ただこれはレースを終えての結果論で、パドックでは判らなかったというのが事実である。

スタートして、武豊キタサンブラックが先頭に立つ。キタサンブラックはこれまで前半3Fを37秒台で乗り切っていったときに絶賛すべき力量を発揮してきた馬だ。しかしこの日のレースでは前半3F35秒2。キタサンブラックにはオーバーペースだったと思う。37秒で他馬を委縮させる威圧感を生み出したことが、実はキタサンブラックの強さの秘訣だったのである。

かつて騎手岡部幸雄はかのシンボリルドルフの全盛期の頃、
「競馬はね、他馬を完膚なきまでに負かすことが必要なんだよね。次には何とかなると思わせてしまったらダメなんだ」
と、私の取材のときに答えてくれたことがある。春の宝塚記念での敗戦は、秋・天皇賞馬の威厳をも、あれは歴史的な重馬場だからこそできた僥倖と思わせてしまっていたのかも知れない。

道中、武豊キタサンブラックは息を入れる余裕を持てなかった。
2番手から、柴山雄一ディサイファが突っつくように絡んでいたからだ。楽をさせなかった2番手のこの動きは、先頭を走る馬にとっては必要以上にプレッシャーとなる。いかに強い名馬であっても生身のサラブレッドだからだ。

昨年のJCでは、前半37秒2の流れを作って最後の3Fを34秒7で仕上げたキタサンブラックだったが、今年は前半35秒2の流れで最後は35秒3に失速した。

ゴール前で3番手から追い込んだボウマン・シュバルグランは34秒7、5番手辺りから馬群を抜けたルメール・レイデオロは34秒6を計時していた。1秒にも満たない僅かな差が、勝負を勝者と敗者に分け隔つのだ。

しかし敗者となったとしても、あの大雨の不良馬場を克服して今日もなお3着を確保したキタサンブラックの勝負根性は絶賛すべきだろう。ラストレースとなる有馬記念は中山の6つのコーナーを廻る。必然的に究極のハイペースは生まれにくいことになる。かつてオグリキャップの復活劇もスローな流れが生み出した。前半37秒のキタサンブラックにとってイージーな流れが生まれたら、おそらく結果はついて来るだろう。

それにしてもボウマンの騎乗は素晴らしかった。道中インの4番手辺りをいとも簡単に確保して、直線で狙いすましたように抜け出してきた。まるで教科書の様な世界レヴェルの騎乗だったと言える。

これまでのJCの歴史を紐解いてみると、勝利した外国人ジョッキーは、全て1流ジョッキーである。JCは、世界の1流ジョッキーでなかったら勝てないレースとも言えるのだ。今年、ボウマンと出会えた私たちは、競馬の大きな財産を得たのである。


闘い終わって日が暮れた後、いろんな流れがあって、この日は4人で西国分寺の駅前で乾杯をした。あまりの大観衆がいっきに岐路に向かった時間で、競馬場近くの店はどこも満員御礼状態で入れず、それでも今日の競馬を語り尽きたいと願う4人(それは西国分寺から武蔵野線で秋津にむかう私と、中央線で帰れる桂文生師匠と女優李麗仙と文春の編集者Fの4人だった)は、知恵を使って西国分寺駅で途中下車してみたのである。
これが大正解で、駅近くの満足できる酒場を見つけ、それから2時間半ほどの宴を十分に楽しんで、今日のJCを振り返った。

10Rの配当で、JCは個人的に好きな馬を好きなだけ応援した私だったが、それでも少しのプラス分が残って、とても爽やかな気分で酔いに任せながらいつもの山暮らしに戻ったのである。

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