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秋天皇賞~東京芝2000m


週明けに右奥の親知らずを抜歯したのだが、これがなかなか土台がしっかりした歯だったので、歯茎にポッカリと大きく穴が開いてしまい、まだ痛みもあるのでじっとしていた。

で、今朝ようやく4日前の10月30日に戻る。

この日、朝9時半のレッドアローで東京競馬場に向かった。秋津で乗り換えて府中本町まで1時間半の道のり。いつものダービールームではなく、今日はラウンジシートでの観戦だ。でも集まるのは、「優駿」招待ルームで顔を合わせるいつものメンバーだから、余計な気を使うことはない。

最初に挨拶したのは矢野誠一御大。
「夜は、木下順二の10年忌の集いがあり、定例コースの三松での飲み会には出られないのでゴメンナサイ」と言いながら、万札を1枚出して「これで皆さんにビールでも」と、さっそくのカンパの申し出を受けた。
「いえいえ、とんでもありません。せめて天皇賞を勝ってからにして下さいよ」と答えると、
「いいんだから。実はねぇ、菊花賞を獲ったんだよ」とニヤリ。聞けば相当の収穫だったようだ。
それを聞いて、ハナ差の3着で悔しい菊花賞を終えた私は、遠慮なく頂いて、この好意を後からおいおいやって来る皆さんに伝えた。「少しは見習いましょうね、皆さん」と。

天皇賞での私の結論は決まっていた。金曜日の湿り気で、どうやら時計がパンパンの良馬場よりも1秒半ほどかかっているような気配だったが、それでもヨーロッパ遠征帰りの武豊エイシンヒカリを外そうと考えていた。G1戦とはいえ、彼の地での緩い時計での逃亡劇を消化した後では、それが鬼門となると思えてならなかったからである。

勝負処は、直線の坂の手前辺りから。逃げるエイシンヒカリを狙って、ロゴタイプ、ラブリーディ、モーリス、リアルスティール、ルージュバックらがいっきに動いて攻め上がってくるだろうポイント。その波状攻撃にエイシンヒカリは耐えられないというのが結論で、安田記念を獲らせてくれたロゴタイプも今回は苦しいだろうと見た。

だから応援するのは、モーリス、ルージュバック、リアルスティール、ラブリーデイの差し馬の組み合わせ。家を出るときには、やはりわざわざこの日に合わせて日本に来るR.ムーアの騎乗するモーリスが頼りになると決めていたのだが・・・。

昼を過ぎて、中野「廣」のママさんから、差し入れの海苔巻も届いてお腹が満たされると、何となく東京競馬場にピクニックに来ている気分となって、ついでに5000円ほどの的中馬券を差し入れ海苔巻弁当代と手渡したりしていると、だんだん勝負の集中力が希薄になって気も緩んできてしまったのだ。マズイと思いながらも、一度緩んだ勝負の気は取り戻せはしない。

パドックを見たときには、モーリスの仕上がりの良さと、ラブリーデイの気配の良さに目が行ったのだが、どちらにするか迷った末に、気が緩んで大きくなっていた私は、どうせならとオッズの高い方のラブリーデイを軸にしてしまった。(つくづくバカだねぇ・・・)

外の15番枠から少しばかり馬の行く気に任せてC.ルメールがスタートしたものだから、ラブリーディは2番手追走となり、気負ったままリラックスすることができなかった。これが敗因である。

ロゴタイプもアンビシャスもそれなりに頑張っていたが、圧巻はR.ムーア・モーリス。中団外目から坂のあたりで一気に抜け出して完勝。圧巻の走りだった。

M.デムーロもモーリスの直後から攻め上げて、ゴール前で2着を確保。ドバイでのG1制覇の力を見せつけた。

おそらく戸崎圭太ルージュバックは、リアルスティールの進路を通りたかっただろう。しかし外から締め付けたデムーロは、自らを有利にするためにそれを許さなかった。ルージュバックの7着敗因は、少しばかりの馬体減傾向と直線でのこの攻防だった。

夕刻からの三松鮨。矢野さんのカンパが有効で、この日はいつもの半数の出席者だったこともあり、通常の半分の割り勘予算で体を温めた。
桂文生師匠の歴史を踏まえた「笑点批評」、TV界での営業の有効性、故枝雀師匠との交友録を、笑いを絶やすことなく伺ったが、その裏側では、身体に染み入る酒の力を借りて、私は「何故素直でなかったのか」と、今日を振り返って悲しい涙に明け暮れてもいた。

2016年10月。ほぼ手が届くところまで来ていたのに、私は、菊花賞と天皇賞を獲り逃してしまった。どうも最近は詰めが甘い。甘過ぎる・・・。アナゴの詰めだって、粋なのは甘過ぎないことなのに・・・。

捲土重来を改めて期すことを誓って、私の10月は終わった・・・。フゥーッという溜息が漏れた・・・。

                                                       


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