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「こんな人たち」と「お仲間たち」


「こんな人たち」の輪ががうねるように叫んだ。「退場!」と。

名指しされて糾弾された人物は、人の輪に向かって指をさしながら、ムカついた感情を発露した。「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」と。

このシーンこそ、今の日本の悲劇と喜劇が同存する危機的状況を、まさにシンボライズする光景だった。

「こんな人たち・・」と絶叫したのが、狭量な同時に反知性主義(幼少期にしつけが怠られた根本的に無教養という意味で使っている)の権力者であり、指さされたのが、おそらく政治的に動員されたテロリストや運動員ではなく、揺れ動く大波のようにその場に集った普通の市民である。「退場!」の叫びは、彼らのせめてもの自己表現だった・・・。

ボスにはボスの度量というものがある。これまでの歴史を紐解けば、それは一目瞭然とも言える。とある国や組織が疲弊するのは、多くの場合、ボスが自分以上の力量を許容・理解することができず、周辺に自分以下の(自らの安泰が保証される)人材しか集められない歪みがやがて矛盾として表面化することにあるのだ。

そう言えば、「こんな人たち」と指さした権力者は、忠実な「お仲間たち」の処遇は手厚いらしい。薄気味悪いほどだ。M学園や、K問題も、そうした構造の中で国有財産が私的に流用され、国や地方自治体の予算も分不相応に投入されようとした。一方で「お仲間」の分裂が始まり、一方の当事者は「お仲間」を相互扶助するかのように沈黙のまま権力の岩壁に隠れて身を潜めている。

また忠実なしもべの様な「お仲間」ならば、レッドカードをも法律そのものをも無視して、レッドカード行為すらないものとして守られる。「こんな人たち」の良心はいささかも顧みられることはなく、一切は、御用新聞を読め、印象操作だ、丁寧な説明や審議を心掛ける、多くの原因は決められなかった前政権の所為だ、オレ様は立法府の長だなどと不勉強な物言いで、全てを自己都合で丸め込もうとする。

もうひとりのこれもまた忠実な番頭役は、陰険老獪で醜悪な能面顔で、「あり得ない」、「全く問題ない」、「指摘は当たらない」と、記者会見の記者の質問を絶えず遮って、それ以上の質問の幕引きを図るかのように高圧的に嘯き続ける。

ここ4年半も続いて普通になったこんな光景が、今のこの国の本当の危機なのだ。

それを許してきたのは、この間に行われた数度の国政選挙の結果である。無党派とひとくくりにされる人たちが、冬眠状態のままで起きず、結果的に実態が検証されることもなく雰囲気だけの組織的投票が有効化したからだった。

しかし4年半。支配する官邸の恥を知らずに強権的な手法も、ついに金属疲労を起こしてひび割れが始まった。

限度を超える恥知らずな横柄さに、さすがに多くの人たちが覚醒したのだろう。我慢強い民人の住むこの国には、お上の立ち居振る舞いが許容が限度を超えたとき、一揆などの蜂起がおこった歴史がある。

7月2日の都議選は、まさに民衆一揆の様相で、その中身はまだまだ不確かだが、首都東京の権力構造は一新した。

8%ほどの投票率アップ。無党派の2割か3割の人たちが「こんな人たち」と指さされることに怒りを覚えて立ち上がるだけで、今の状況や景色は一変するのだ。このことを忘れてはならない。

同時に、本来受け皿にならねばならないどこかの党も、いまだユダの様な戦犯元首相が過去を忘れたかのように幹事長を勤め、カリスマ性も存在感も発信力も無い党首と、本当に闘う覚悟の無い姿を曝け出している。あの「コンクリートから人へ」という希望に満ちたメッセージ以上の言葉をひと言も発することもなくだ。

となれば、もう一度受け皿の再編が必要なのかも知れない。しかしそれとても度量あるボスが、私心なく理念のもとに人々を活用できるか否かなのだが、まだそれほどの存在が見つかってはいない。

「こんな人たち」の声をまとめるボスが生まれ得たとき、見せかけの権力交替ではない新しい日本が生まれるのだろう。

私自身も、しがない「こんな人たち」の一員だが、(いやその瞬間に秋葉原に行っていないので単なるシンパでしかないが)、そんな「こんな人たち」に、せめても生きる夢や幸福感を与えてくれる本物のボスが現れてくれるのを、ジリジリしながら待ち望んでいる。

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